オペラ作曲家ロッシーニはモーツァルトに畏敬の念を抱いており、「モーツァルトは私の⻘春の憧れ、円熟期には絶望、晩年には慰めであった」と言ったそうである。また、彼はオペラ「ドン・ジョヴァンニ」を研究しこれを目標に作曲を重ねたが、遂にそれを凌駕することの能わざるを悟り、38 歳の働き盛りにしてオペラ作曲の筆を折ったとも言われる。そうとすれば、そのことが絶望という言葉に繋がったのであろうか。それは兎も角、彼は或る時、「最も偉大な音楽家は誰ですか?」と聞かれ、「それはベートーヴェンです」と言下に言い、「ではモーツァルトは?」と重ねて問われ、「ああ、彼は唯一の人(ユニーク)です」と答えたそうである。それでは、モーツァルトの何がユニークで、また、ユニークとはどういうことであろうか。
モーツァルトは、18世紀の中盤、芸術全般がバロックから古典派へと移行する豊穣の時代に、南ドイツという、ヨーロッパの北と南、東と⻄の諸文明の交点に生を受けた。生地ザルツブルクでの音楽学習の後、⽗レオポルトに連れられてヨーロッパ中を旅し、ドイツ(ウィーン、マンハイム)、フランス(パリ)、イギリス(ロンドン)、イタリア(ミラノ、ローマ、ナポリ、ベネチア)など各地の主要な音楽を学習し、自己の血肉としていった。それは例えば、ヨハン・ショーベルトの典雅と情熱性、エマヌエル・バッハの多感様式、クリスチャン・バッハのギャラント様式であり、マルティーニ師の対位法とイタリアの流麗な旋律であった。ウィーン移住後は、ハイドン、バッハ、ヘンデルの音楽と対峙し、自己の音楽への融合を図る。このように彼は当時の全ヨーロッパの音楽に接し、自己の音楽に取り入れ、自家薬籠中のものとしていった。イタリアの優美、フランスの明晰、ドイツの思想・感情の深さを一身に体現したその様は、正に18世紀音楽の総合・集大成であり壮観を極めるが、肝心なことは、彼は、新たな音楽を取り入れる際に、既に所有しているものを何一つ捨てることなく、その全部を積上げ、蓄積していったことである。そして、それらの蓄積の過程で自己を見失うことがなかった。その結果、彼の音楽はその中に極めて多様な様式を包含しながらも、常にモーツァルトという統一性を保持することができたのであり、我々はその究極の姿をオペラ「魔笛」に見る。そこでは、無定見と言っても良いような極めて多様で互いに異質な音楽様式が、全体としては完全な統一体を成している。ここに於いて彼はジャンルと様式の限界を 超越したのであり、これはユニークなことではないか。
モーツァルトの音楽は捉えにくいという。そこには常に相反するものが共存しているからだ。喜びと悲しみ、真面目と冗談、晴朗性と悪魔性、光と陰、生と死、それらが同一音楽の中にごく自然に共存している。音楽はそれらの相反性の中で刻一刻と表情を変え、休むことなく変転していく。表情が突然曇るかと思えば、次の瞬間には微笑しているという具合である、あたかもそれが人生の縮図、自然の縮図だと言っているように。彼はリアリストであり人間観察の達人であった。人の感情というものは移ろいやすく、また、矛盾したものであることを良く知っていた。矛盾した感情が交互に現れ、全体としては自然な音楽。これはユニークではないか。その根底には悲しみがある。ロマン派の得意な涙を流す悲しみではない。死すべき人間の根源的な悲しみだ。万葉の歌人がよくその使用法を知っていた悲しみ(小林秀雄「モオツァルト」)だ。「平家物語」、ホメロスの叙事詩の悲しみだ。正に「涙は追いつけない」。或いは「乾いた涙を流す」。彼はそれを⻑調で最も良く表現した。なぜなら、⻑調とは肯定であり、彼の音楽は本質的に肯定的なものだからだ。常に肯定が否定を凌駕する。何も「悲しみのモーツァルト」などと、短調の曲を並べれば良いというものでもあるまい。この世は無常だ。万物悉く常なるものはなく、全ては変転する。このはかなさ、人間存在の根源的な悲しみを彼は感得し、肯定した。だが、この本来日本的な思想が、堅固な石の文化を基盤に永遠性を追求する⻄洋文明の只中に出現したこと、これは極めてユニークなことではないか。
モーツァルトの音楽は人の心に直接響くと言われる。それは彼が音楽で思考する人だったからである。思考の対象は生と死と愛であった。生とは何か?死とは?人生とは?愛とは?彼はこれらの問題を言語ではなく音楽で考えた(オカール「比類なきモーツァ ルト」)。彼のオペラがこれらの問題を主要なテーマとしていることは周知の事実だが、実は器楽曲に於いても同様であり、人はそこに同様の問題、愛とか生と死、人生といったものを感じ取る、しかも心で。ロマン派は言語で考え、感性で捉え、それを音楽で表現した。その音楽は人の言語中枢や感性に訴え掛ける。モーツァルトは違う。彼にとって音楽と思想は一体のものであった。作曲するという行為が即ち考えるということだった。そうして出来上がった音楽には言葉の入り込む余地はなく、言語とか感性などの一切の媒介物なしに聴く者の心に直接触れる。これはユニークなことではないか。人はそういうものを「音楽そのもの」(大文字の「MUSIC」)と呼ぶ。彼の音楽思考は常に明晰である。瞑想はするが夢想はしない。夢想はロマン派のすることだ。彼らは心の中で常に不安を掻き立てなければ安心出来なかった。モーツァルトの明晰な音楽は真理を語り、精神的自由と心の平安をもたらす。彼は晩年その音楽的思考を更に深め、不要なものを1つ1つ取り去り、純化し、浄化した。その極まるところ、透明な楽音を通して光がさしてくる。一例を挙げれば「ピアノ協奏曲27番 K595」か。その光に人は神性を見る。神的な音楽。「神的」という形容詞が付く作曲家は他に誰がいるか。これこそ最もユニークなことではないか。
古典派からロマン派への音楽史の変遷(進歩ではない)は、ハイドンを通してベートーヴェンに受け継がれた。ハイドンはその弦楽四重奏曲及び交響曲により古典派音楽の精神と形式を確立した。ハイドンこそウィーン古典派の典型であり代表である。では、モーツァルトは?彼はユニークであり、唯一の存在である。晩年のその余りにも純化され時空を超えた音楽は、後の誰によっても継承されることはなかった。いや、され得なかった。後にショパンがその死の床で友人達に、「モーツァルトを!本当の音楽を!」と求めた所以である。著名な音楽家ダニエル・バレンボイムは最近次のように語った。「作曲家には4つの種類がある。面白くない作曲家、面白い作曲家、偉大な作曲家、そしてモーツァルト。モーツァルトは誰にも比べられない。全ての音が当たり前のようにそこにあり、いつ演奏してもすべてのフレーズがその瞬間に生まれたかのように響く。自分のいるべき場所へと常に連れ戻してくれる存在である」(2015年12月9日、朝日新聞朝刊)。至言であり、借りて以て結論とする。
日本モーツァルト協会会員
K465 小澤純一
(2016年5月会報に掲載)