初めに前回の要約をしておきたい。「ソナタ」とは元来イタリア語のソナーレ(SONARE:鳴り響く/演奏する)に由来する言葉で、カンタータ(=声楽)に対して、音、即ち器楽を意味する。古典派以降、この器楽の主要な楽曲形式となったのが「ソナタ形式」で、その典型的な構成は「提示部 + 展開部 + 再現部」からなる複合3部形式である。(次の模式は長調の場合)
提示部:「第1主題(男性的)、主調」 + 「第2主題(女性的)、属調」→
展開部:「主題の動機分析、更なる転調」→
再現部:「第1主題の再現、主調」 + 「第2主題の再現、主調」 → (結尾部)、となる。
この形式の基本にあるのは、「主調→属調→更なる転調→(属調を経由しての)主調への回帰」という動きである。つまり、「主和音(T)→属和音(D)→主和音(T)」(起立→礼→着席)という和声の基本的機能を「主調→属調→主調」という調性に置き換え、属調の後に更なる転調(展開部)を加える事で、1つの楽章に膨らませたものである。一方、主題的側面から見れば「主題の設定→主題の動機分析→主題の再現」となる。要するにソナタ形式とは、調性及び主題の動きによって「ドラマ」を表現するものであって、最初に話の発端があり(提示部)、それが紛糾し(展開部)、最後に解決する(再現部)という、極めて動的且つ劇的で、深く物語性を秘めた表現形式なのである。そしてこの物語性こそ、本来、オペラの世界のものであって、モーツァルトもオペラの作曲に当たっては、状況に応じて、極めて自然に「ソナタ形式的思考」に沿って作曲した。その1つの例として「フィガロの結婚」第3幕の6重唱(第18曲)が挙げられる。
今回は、更に幾つかの例を挙げる事とし、最初に、同じ「フィガロ」から第2幕フィナーレに先立つ3重唱(第13曲)を見てみたい。これは、伯爵夫人がスザンナと共にケルビーノを女装させている間、夫人が浮気をしているとの手紙を受けとった伯爵が慌てて狩から戻り、夫人を詰問する場面である。衣裳部屋で物音がするので伯爵は夫人の愛人が隠れていると疑うが、夫人はスザンナだと言い張る。ここで伯爵が、衣裳部屋に向かって「スザンナ、出ておいで!」と呼びかけて3重唱が開始されるが(第1主題:ハ長調)、この部分は後半2人の緊張が高まるにつれて属調(ト長調)に転調する。次いでスザンナが属調のまま新たな旋律で「困った事になったわ」と歌う(第2主題:ト長調)。以上が提示部で、事件の発端である。この後、伯爵と夫人の間で「ドアを開けろ」、「いや、開けられない」という遣り取りが激しく交わされ、これが短い展開部を形成する。事件の発展・紛糾である。そして伯爵の「スザンナ、返事をしなさい!」という言葉と共に第1主題(ハ長調)が回帰する。再現部であり、台詞的にも、提示部での「スザンナ、出ておいで!」と呼応する。次いで第2主題が今度は主調で再現され、言い争いは一応決着する。但し、伯爵が納得したわけではなく、逆に疑いを強めており、緊迫感はむしろ高まっている。その意味で、この再現部は第2展開部的な性格を有している。経過部などでの細かい転調を別にすれば、以上が形式上の大要であり、全体として「主調(T)-属調(D)-主調(T)」という機能和声の典型的なカデンツの動きを示している事が分かる。
次に挙げるのは、第4幕フィナーレの直前のスザンナのアリア(第27曲:喜びよ、早く来て)である。内容は皆さんご存知と思うので省略するが、歌唱部の最初の12小節(3小節 X 4節)が主題(ヘ長調)であり提示部である。続いて属調(ハ長調)に転調し、この主題が紡がれるようにして発展して行く部分が展開部である。そして後ろから11小節目、歌詞で言えば「バラの冠」の部分で主題が主調(ヘ長調)で再現し、同時に結尾部を構成する。これは単一主題によるソナタ形式であるが、再現を強調するため、冒頭のオーケストラ伴奏による16分音符の上昇音階も同時に再現される。場面自体は劇的な状況にはないが、歌の中央部では気分が高揚し属調に転調する。器楽で言えば、緩徐楽章での抒情的なソナタ形式という事になろうか。「主調(T)-属調(D)-主調(T)」という基本の枠組みは同じである。
最後は「ドン・ジョヴァンニ」から第2幕の3重唱(第15曲)である。ジョヴァンニがエルヴィーラの侍女をカタログに加えるべく、レポレルロと衣装を取り替え、先ずはエルヴィーラを誘惑する場面である。3重唱はエルヴィーラの揺れる心で始まる(第1主題:イ長調)。これに対してジョヴァンニが誘惑を開始する所で緊張が高まり、調性も属調(ホ長調)に転調する。そしてエルヴィーラの「不思議な気持ちが・・・」と、レポレロの「この気のふれた人は・・・」という台詞で、新たな旋律が歌われる(第2主題:ホ長調)。以上が提示部である。次いでエルヴィーラとジョヴァンニの間で「信じられない」、「信じてくれ」という激しい遣り取りが交わされ、事件が発展し、展開部を形成する。ここではニ長調→ヘ長調という3度の転調の他は、ほぼ属調(ホ長調)が維持される。この遣り取りの後、冒頭の旋律(第1主題:イ長調)が回帰し、題2主題も今度は主調(イ長調)で再現する。エルヴィーラの同意によって事件は解決するのである。だが事件前への回帰ではない。この再現部には何か、提示部とは異なる、瞑想するような雰囲気が漂う。この誘惑によって、確かに彼女の何かが変わったのだ。この心の変化が、後半、6重唱後の彼女のアリア(第21曲b)に繋がる。これがソナタ形式による動的展開の結果であり、バロックのダ・カーポ形式による現状回帰とは異なる点である。
モーツァルトの後期オペラを仔細に見ると、他にもこの様な例は多い。彼のオペラは理知的・器楽的と言われるが、このような「ソナタ形式的思考」にもその理由の1つがあるのかも知れない。彼にとって声楽も器楽も区別はなかった。何であろうと、劇的表現が要求される場合には、ごく自然に機能和声の動きに沿って思考した。それが結果的に「ソナタ形式」という形をとったのであって、形式に当て嵌めたわけではない。従って話の筋に応じてその形態は様々である。他方、彼の器楽作品はその歌謡的性格から声楽的と言われる。器楽的声楽と声楽的器楽。これはどうした事であろうか。畢竟、両者の間に垣根を持たない彼の音楽は、声楽として見れば器楽的、器楽として見れば声楽的と言う事であろう。そしてその事が彼の音楽の本質の一部を構成する。次回は、ソナタ形式の更に大規模で複雑な例(「ドン・ジョヴァンニ」第19曲の6重唱など)、及びオペラ以外の例(「アヴェ・ヴェルム」)を概観し、本項の纏めとしたい。
日本モーツァルト協会会員
K465 小澤純一
(2019年5月会報に掲載)