30.音律と音階(1)

 

 音律とは1オクターブの中に幾つの音をどんな音高で配置するかということである。この音数と音高の選択は、音波がアナログである以上、理論的には無限の可能性があるわけだが、西洋音楽ではここに12の半音を置き、この中からドレミファソラシの7つの音を選び出して音階とした。日本では5音を選び、中国も5音である。アラブ地域では微分音を用いた17音律や24音律に基づく7音階である。このように世界には様々な音律と音階が存在するが、ここでは西洋音楽に絞って話を進めたい。1オクターブの中でと書いたが、そこにはオクターブ違いの音、例えば一点ハ音(ド)とオクターブ上の二点ハ音(ド)は同音だという前提がある。しかし、両者は物理上明らかに違う音である。音の周波数が違うからである(高いドは低いドの2倍)。これを人間は何故同じ音と認識するのか。考えて見れば不思議な話だが、これは畢竟、ヒトとしての長い進化の過程で、同音と感じることが生存に有利だったということであろう。耳に聴こえる無数の音をバラバラな音と聞くよりは、ある「まとまり」を持ったものとして捉えた方が、音の発生源の正体をより迅速且つ正確に認識するのに役立ったのである。従って、正確には同音ではなく、同質の音というのが正しい。では、その1オクターブがどのようにして12の半音に分割されるに至ったのか。

 

音楽そのものは人間の歴史と共にあり、音律や音階も同じだけ古くからあるわけだが、それを理論的に構築したのが古代ギリシャの哲学者・数学者のピタゴラスである。彼は次のように考えた。先ず、ある長さの弦を鳴らすとある高さの音(根音)が鳴り、この音をCとする。この弦の長さを1/2にすると音の周波数は2倍となり、オクターブ上のC2倍音)が鳴る。更に長さを1/2にすると2オクターブ上のC4倍音)となるが、この作業はこれ以上何回繰り返しても複数オクターブ上のCが鳴るだけで、新しい音は出てこない。音の協和性というのは、より小さい数の整数比ほど良いので、次に1/3の長さにしてみる。つまり、根音の3倍の周波数の音(3倍音)を求める。但し3倍にすると根音より1オクターブを超えてしまうので、2で割ってオクターブ内に納める(根音の3/2)。これで2番目の音を得ることが出来、この音は今の音階上の呼び名ではG(純正完全5度)の音である。次に、更に1/3の長さにする。但しこの音は4オクターブ上の音なので4で割る。これで3番目の音を得、その周波数は根音の9/83/2x3x1/4)となる。この音の高さはDとなる。更に長さを1/3にするという要領で作業を続ける。このようにして3倍音を利用して、協和音に協和音を重ねるという手順で次々に音を作り出して行ったのである。出てきた音は、根音をCとすれば順にGDAEとなり、並べ替えるとCDEGAというヨナ抜きの5音音階となる。この作業を更に進めるとBF♯(ここで、上のC5度下を純正完全5度とするため、F♯は純正完全4度のF4/3)に置き換える)の音が得られ、順に並べるとCDEFGABという全音階となるわけである。この作業は実はこれで終わりではなく、12回繰り返された所で丁度オクターブ上のCに達する。これによって1オクターブが12の半音に分割され、5度円が完成する。これを「ピタゴラス音律」という。

 

こうして出来たピタゴラス音律は理論に支えられた完璧な音律に見えた。Cの次に出てきた音はG(属音)で、根音の3/2というオクターブ(2/1)に次いで協和性が高い音であり、F(下属音)も4/3という純正協和音。この音律による、オクターブと4度、5度を基本にした厳粛なハーモニーは中世のグレゴリウス聖歌にうまくマッチした。だが実は、この音律には2つの欠点があった。1つは、根音の周波数を3倍する作業を12回繰り返してオクターブ上に到達したと書いたが、実際はぴったり1オクターブ上ではなく、僅かではあるが(1/8音)オーバーしてしまうのである(これを「ピタゴラス・コンマ」と言う-この音律を導き出した23は何れも素数であり、「3m/2n乗=2」の解はない。究極的にはオクターブ(2/1)と5度(3/2)の対立とも言える)。従って、全体をオクターブ内にうまく収めるためには5度円のどこかを縮める必要があり、この縮めた部分が甚だしい不協和音となって唸り音(ウルフ)を生じるのである。もう1つは、Eが比較的後から出てきた音で81/64という高次の比率となり、Cとの3度の協和性が低いことである。ただ、実用上は、中世までの声を中心とする単旋律のグレゴリオ聖歌では音が重なることもなく、音階の使用箇所も限られていたため、この欠点が問題となることはなかったし、ポリフォニーとなってからも3度が意識に上ることはなかった。この、3度を使わない、オクターブと4度、5度を中心とした旋律は、確かに、グレゴリウス聖歌に宗教的荘厳さを与えていたのである。

 

ところが、ルネサンス時代に入って、ケルトの伝統を残すイギリスから3度の和音が大陸に伝えられた。3度の和音は非常に豊かで甘美な響きを持っており、これ以降、音楽は、4度、5度の宗教的で厳粛なハーモニーから、3度を中心とする人間的で甘美なハーモニーへ移行して行く。その意味でこれは、中世の神中心からルネサンスの人間中心の時代への歴史の転換を象徴する事件であった。そしてこれに対応するため、従来の3に加えて5で割る、つまり5倍音を利用する考えが導入され、E5/4の比率に設定して3度を純正化する音律(併せ6度、7度も純正化)が考案された。これを「純正律」と言う。だが、この音律は、その中に2種類の全音(大全音/小全音)と2種類の半音(大半音/小半音)を発生させてしまった。ルネサンスも後期になると、和音を中心とする和声的な傾向が強まり、音階も中世の教会旋法から3和音を中心とする長/短音階に変わりつつあった。教会旋法の多様性は、長/短調の和声的な音楽では移調や転調という形をとる。だが、純正律は2種類の全音と半音を持つため、音階自体の不均等に加え、移調や転調を行うと音階上の音程の配列が変化(異名異音:C♯≠D♭など)してしまうのである。このことは、発声・演奏方法や調弦によって音程の調整が可能な声や弦ではまだしも、鍵毎の周波数が固定している鍵盤楽器では、事実上移調・転調が出来ないことを意味する。

 

このために考案されたのが、5度の純正度を若干犠牲にして(音程を狭くして)全体を調整することで、3度の純正度を保持しながら一定の範囲で転調を可能にした「中全音律(ミーントーン)」で、この音律では全音は一種類で中全音(大全音と小全音の中間の値)となる。この音律は、純正な比率から外れて、音程を人間の感覚で意識的に調整した初めてのもので、この調整のことを「テンペラメント(純正音程を意識的に微妙にずらす)」と呼ぶ。この音律でも調性毎の音階上の音程の配列は依然として微妙に異なるが、それが却って各調性に特有の響きや色合いを生じさせ、調性音楽の持つ色彩感(調性格)を促進させた。モーツァルトが作曲の前提としたのはこの音律と思われる。耳の良い彼が3歳の頃「クラヴィアで3度の和音を探し求めて楽しんでいた」という姉の回想は、この音律の3度が純正音だからこそと思えるし、この音律で純正3度が保たれるのは長調ではハ、ト、ニ、イ、ヘ、変ロ、(変ホ)の各調で、これは彼の作曲上の調性選択と一致する。また、この音律は、短3度が純正でないことや音響像の変化が激しく、短調向きでないとされるが、この事もまた、彼の短調作品が少ないことと符合する。この音律の欠点は、使用できる調性と転調の範囲が相当限られている事である。その後、これの拡大を求めて、調性の色彩感より機能性を重視する各種の「テンペラメント」が考案され、最終的には、転調の問題を一挙に解決したとされる「12平均律」に辿り着くわけであるが、これらについては次回に譲る。

 

日本モーツァルト協会会員

K465 小澤純一

20181月会報に掲載)