2回に亘って表記の主題について記してきたが、今回の3回目でその纏めとしたい。繰り返しになるが、「ソナタ形式」とは主題(旋律)と調性(機能和声)を組み合わせる事で、極めて動的で劇的な感情やドラマを表現しようとするものである。その構成は「提示部 + 展開部 + 再現部 + (結尾部)」からなる3部分形式で、最初に話の発端があり(提示部)、それが紛糾し(展開部)、最後に解決する(再現部)という深い物語性をその形式中に含んでいる。その模式(長調の場合)を示せば:
提示部:「第1主題(男性的)、主調」 + 「第2主題(女性的)、属調」 →
展開部:「主題の動機分析、更なる転調」 →
再現部:「第1主題の再現、主調」 + 「第2主題の再現、主調」 → (結尾部)、となる。
但し、上記模式は、実は19世紀の中頃に、ベートーヴェンのピアノ・ソナタなどを範例に定型化されたもので、モーツァルトの時代には、勿論、形式としての概念はあったが、上記の様な明確な定型や、「ソナタ形式」なる名称はなかった。「ソナタ形式」とは元来、バロック時代の2部形式「第1部(主調→属調)、第2部(→主調)」を基に、属調部分と第2部の主調部分の間に更なる転調を加え、複雑化させたもので、その形は様々である。当初は機能和声を基に、調性を中心とした動きであったが、やがて、楽節間の対照をより明確にするため、調性に主題を組合せる(主調=第1主題、属調=第2主題)ようになる。更にロマン派の時代には、調性がその複雑化により明確さを失ったため、主題による統制が優位を占め、転調も属調(5度)に加え、3度が好まれるようになる。この様にソナタ形式には歴史的に様々な段階があり、更に作曲家毎、曲毎にも異なる。作曲家による工夫の余地が大きいのである。結局、この形式には固定的な定型はなく、その本質は調性と主題を基にした「作曲の筋道」と言ったものであり、極論すれば1曲毎に夫々のソナタ形式があるとも言える。「ソナタ形式(The sonata form)」ではなく、「ソナタ諸形式(Sonata forms)と言われる所以である。
ところで、「ソナタ形式」の核心は主題の再現にある。如何に印象的に主題を再現させるか、これが、作曲家が最も精力を注ぎ、工夫を凝らす部分である。モーツァルトは比較的自然に再現させるが、ここを最も念入りに作曲したのがベートーヴェンで、展開部終盤で再現のための入念な準備を行う。その結果、再現部での主題回帰の解決感、爽快感は格別である。彼のソナタ形式は、この他、展開部での執拗な動機分析と、第2展開部的な長大な終結部を特徴とする。
さて、話が少し回り道したが、本稿のテーマに話題を戻して、「ドン・ジョヴァンニ」から第2幕中央の6重唱(第19曲)のソナタ形式的構成を調べて見たい。これは、ドンナ・アンナの屋敷の玄関近くの暗い場所で、ジョヴァンニと偽ってドンナ・エルヴィーラを騙したレポレッロが、そこから逃げようと出口を探す場面から始まる。6重唱の主調は変ホ長調。この調性はエルヴィーラの調性でもあり、この重唱の主役が彼女であることを示す。因みに、ジョヴァンニとアンナの調性は何れもニ調(長調/短調)であり、オペラの主調が二調であることを考えると、本オペラの主役はこの2人であることを、音楽的には、示唆する。少なくともモーツァルトはその様に調性を選んで作曲している。
音楽は、先ず、エルヴィーラが不安を訴え(第1主題、変ホ長調:主調)、一方、レポレッロは出口を探して歌う(第2主題、変ロ長調:属調)という場面で開始される。次いでオッターヴィオとアンナが登場する(ニ長調/二短調)が、ここでは明らかに曲調が変わり、調性も飛躍し、展開部的様相を呈する。更に場面はレポレッロとエルヴィーラに戻り、彼らの不安が今度はハ短調(主調の平行調)で歌われ、これが小結尾を形成する。その中心動機はレポレッロ達の不安を表わす下降半音階の音型(おののきの動機)である。ここまでが再現を欠いた1つのソナタ形式と考えられるが、この6重唱は更に続く。従って、重唱全体としては、以上を1つの大きな「提示部」と捉える必要がある。続いて、ツェルリーナとマゼットがレポレッロを捕え、ここから、レポレッロが仮面を脱ぎ正体を現す場面までが「展開部」である。主題的には、エルヴィーラの冒頭の旋律(第1主題)と小結尾の下降半音階の音型が中心に展開される。一方、調性的には、ハ短調→ヘ短調(ハ短調の下属調)→ト短調(ハ短調の属調)と続き、最後にハ短調に戻る。以上の「展開部」が終わると主調の変ホ長調(ハ短調の平行調)が回帰して大6重唱を終える「再現部」。以上、全体を調性的に俯瞰すると、変ホ長調→二調(ニ長調/二短調)→ハ短調(以上、提示部)→ヘ短調→ト短調→ハ短調(以上、展開部)→変ホ長調(再現部)という構成となる。物語の展開と、調性と主題の展開を同期させつつ、全体の均整をも考慮した見事な構成である。
さて、本稿最後の例は合唱宗教曲「アヴェ・ヴェルム・コルプス」である。歌詞は、①めでたし、乙女マリアより生まれ給いしまことのお体よ、②人々のため犠牲になりて十字架上でまことの苦しみを受け、③貫かれたそのわき腹から血と水を流し給いし方よ、④吾らの臨終の試練をあらかじめ知らせ給え、の4行。主調はニ長調、声楽4部、オルガン、弦5部の楽器構成による全46小節である。弦による2小節の序奏の後、1行目が歌われる(第1主題:ニ長調)。続いて旋律が変わり、調性も属調に転調して2行目を歌う(第2主題:イ長調)。以上で提示部を終わり、3小節の間奏が入る。この後、旋律を展開しながら3行目を歌うが、調性もヘ長調に大きく飛び、更に歌詞が「Sanguine(血)」の部分で一瞬、二短調に振れる。これが展開部である。そして最後の4行目に至り、第1主題が、若干変形された形で主調のニ長調で回帰する。再現部であり、その後半が同時に結尾部を構成する。因みに、3行目の「Cruce(十字架)」の部分では、ソプラノが高音(2点二音)の全音符を歌い、視覚的にも十字架の音型を表わす。簡素な形式の中で、歌詞の1行目が第1主題、2行目が第2主題、3行目が展開部、4行目が再現部と結尾部という、整然とした完成形を示す。
上記のとおり「ソナタ形式」には様々な形があり、そこには時代的な特徴もあり、作曲家の個性も反映する。定型に当てはめて曲を造れば平均的美人は出来るが、超美人にはならない。作曲家は定型を破ろうとする。そこに彼の個性が現れるからだし、上手く破れば超美人が生まれる。モーツァルト・オペラに関しても、彼が、物語の展開や歌詞を、調性や主題・動機に、どの様に絡めて全体を構成したか、時にはそういう見方で鑑賞するのも一興かと思う次第である。
日本モーツァルト協会会員
K465 小澤純一
(2019年6月会報に掲載)