18世紀末に勃発したフランス革命で絶対王政と貴族政治が瓦解し、19世紀の市⺠社会の世になると音楽家は宮廷や教会に雇われる職人から自由な芸術家となり、音楽には人類愛や博愛などという文学的・哲学的思想や個人的情念の表出・自己主張がなくてはならぬものとなった。貴族は没落して雇用主・パトロンであることを⽌め、音楽の聴き手は今や一般市⺠に移り、彼らは公開の演奏会で作曲家の思想や自己主張を恭しく拝聴することになる。古典派からロマン派への、客観から主観への、時代の大転換である。19世紀は芸術を司る芸術家の時代、その最初の人がベートーヴェンであった。
辞書を引くと、「Art」の訳語として①芸術、②技術、とある。このことは、「Art」という言葉が歴史的18世紀までは「技術(=職人の技)」を意味していたが、19世紀になって「芸術」という新たな意味が付与されたことを意味する。芸術となった音楽は、観念・思想という伴侶を得て強いアピール性を獲得し、芸術家の自己主張・メッセージ発信の道具となった。それはそれでよい。時代の流れだ。しかし、だからと言って、それが音楽の本質を変える革命的なことだとか、音楽が何か偉いものになった、などと考えるのは少々行き過ぎであろう。科学技術と異なり、芸術の歴史は、古代ギリシャ芸術が依然として最高の古典である事実が示すとおり、進歩・進化を示すものではない。それは変遷とも言うべきものであって、人でも時代でも、新たなものを獲得することは、 別の何かを失うことを意味する。近代ピアノの高性能化は繊細さを失うという犠牲の上に成り立っている。19世紀音楽は観念思想 と自己主張を獲得したが、自然さ、純粋さを失った。人工的で深刻なものとなり、音楽を聴く素朴な楽しさを人々から奪った。得たものは大きかったが、失ったものもまた大きかったと言うべきであろう。何れにしろ、19世紀は芸術家の自己主張と思想・感情の押し売りが飛び交う随分と騒々しい世紀となった。やがてその音楽は、過剰な自己顕示の競争となり、半音階と不協和音を駆使した大管弦楽による耳を聾するばかりの大音響となり果てる。これが悪夢というならば、やがて夢は醒めるであろう、世紀の終りとともに。明らかなことである。
そもそも芸術作品とは何であるか。それは人に感動を与えるものであろう。では、その感動はどこから来るか。それは音楽自体から来るのであって、そこに組込まれている思想や自己主張・メッセージからではない。人が「英雄交響曲」に感動するのは、その音楽に感動するのであって、英雄思想にではないであろう。では、その音楽を産み出すものは何か。技術であり、職人の技である。勿論、音楽が思想と結びつくことが不可と言うのではない。思想が技術に先んじることの危うさを言うのである。「フィガロの結婚」が永遠なのは、平⺠が貴族に打ち勝つ“人間皆平等”というメッセージのためではなく、そこに人間の真実の姿が、ドラマが、精妙なタッチで描き出されているからだ。そこにこそ「フィガロ」の思想の核心がある。本当の思想というものは職人の技を練磨することによってしか得られない。思想とは単なる理想や知識ではないからである。17世紀スペインの画家ヴェラスケスに「ラス・メニーナス」という絵がある。宮廷画家であり典型的な職人として、雇い主であるフェリペ 4世とその家族の肖像画を多く描いたが、これもその1枚である。なんの変哲もないその絵が与える、何とも言えない感動が古来これを見る人の目を捉えて離さなかった。そこには如何なる観念的思想も自己主張もない。ただ、驚くべき技がある。絶妙のタッチがある。この職人中の職人である名工の作品を、人は絵画中の絵画、傑作中の傑作という。職人の腕から生み出された本当の生きた思想がそこにあるからである。芸術の時代的制約などと、疑わしい言葉だ。要は観念に囚われないことである。頭が観念化された瞬間、耳は音楽を聴かなくなる。
今日では芸術家中の芸術家と言われるモーツァルトも、歴史的視点で見れば18世紀人であり、職人であった。彼は作曲技術に関する殆ど完璧な技とそれに対する強烈な自信を持っていた。幼少期からの絶えざる鍛錬がその自信を支えた。「私はどんな種類の曲でも書けます」(1778年2月 7日付父宛書簡)、「私はアリアを、上手く仕立てた服のように、歌手にピッタリ合わせるのが好きです」(1778年2月28日付父宛書簡)と職人の技を誇っている。それでは彼の音楽に思想はないのか。思想は断固としてある。彼のウィー ン時代の諸傑作はそのことを如実に物語っている。ただ、その思想形態は、19世紀的観念思想とは根本的に相違していた。彼は言語ではなく音楽でものを考えたのである。思考した結果を音楽に組み込んだのではない。作曲する行為自体が思考するということであった。彼の音楽が即興的で自然なのはそのためである。その音楽的思考は常に具体的であり、本質的に観念化を嫌った。従って、彼の音楽を言語で説明する、つまり観念で捉えることは出来ない。その音楽的思想を捉えるためには、じっと耳を澄ませてその音楽を聴くほかはない。その最晩年の一例として弦楽五重奏曲 K614を挙げておく。
もしモーツァルトが、自身の作品の思想性ということに関して問われたら、こう答えたであろう。「作品の思想性?それは何も鶏の鶏冠のように頭のてっぺんにひっついているものではないでしょう。それよりも私の作品は楽しんで頂けましたか?自由な芸術 家も結構だが、確固とした職人の腕がなければどうにもならないでしょう。私も随分苦労して腕を磨きましたよ。皆さんも精々磨 いて下さい。そうすれば、思想などというものは、優れた作品には自ずと内在してくるものだということが分かるでしょう。しかし、それがどんなものになるかは、ご自身でもコントロール出来ません。ただ、デーモン(霊感)が降りてくる時に、それを受け⽌めるだけの技術を持っていなければなりません」と。
18世紀の職人は、3つの芸術要件を錦の御旗に、19世紀の芸術家に昇格した。①文学的・哲学的思想と自己主張の追求(観念的思想との結合)、②純粋美の追求(実用性の排除)、③独創性の追求(模倣への嫌悪)である。だが、近代人の好むこれらの要件は、本当に、優れた作品を創造するための絶対的要件なのであろうか。それらは、ひと皮剥けば、芸術家たちの自己陶酔のための手段、能力の欠如を隠す格好の隠れ蓑とはならなかったか。それらへの過度の信仰が、職人の技を欠いた場合に、如何に危ういものとなるか、よく考える必要があったのではないか。「思想」との結合という道が音楽の観念化という結果に終わらなかったか。「純粋美」に至高の価値を置く精神が、工芸品や実用音楽を見下しこれを一段低いものと見る悪弊に繋がらなかったか。「独創性」に対する信仰が、「模倣こそ独創の⺟」という真理を忘却させ、徒に作品の珍奇さを競うという結果に終わらなかったか。ともあれ、優れた芸術家とは、皆その内面に「職人の心と技」を持っている人であるとは言えないか。何故なら、芸術とは畢竟、人間を表現するものであり、そのためには、人間とこの世の現実を見つめる、観念に囚われない素直で曇りのない職人の心と、それを描く精妙な技が必要だからである。19世紀に、職人は芸術家になって何れ程偉くなったのであろうか、知りたいものである。
日本モーツァルト協会会員
K465 小澤純一
(2016年9月会報に掲載)